佐世保市で生産される陶磁器 <三川内焼・長崎県・文化>

三川内焼(みかわちやき)は平戸焼(ひらどやき)ともいう

長崎県佐世保市で生産される陶磁器である。豊臣秀吉が起こした朝鮮の役の際、各地の大名は秀吉の命により、朝鮮の陶工を日本へと連れ帰った。平戸藩藩主である松浦鎮信(まつらしげのぶ)も多くの陶工を連れ帰った。

慶長三年(1598年)に連れてこられた巨関(こせき)という陶工は、帰化して今村姓を名乗った後、平戸島中野村の中野窯で藩主の命により最初の窯入れをした。

この中野焼が三川内焼の始まりといわれている。

同じく朝鮮から来た陶工の高麗媼は中里茂左衛門のもとに嫁いだ後、元和8年(1622年)に三川内へ移住した。

また、巨関は1622年ごろ、中野村に陶土がなくなったために陶土を求め息子の今村三之丞と共に藩内を転々とし、寛永14年(1637年)、最後に行き着いたのが三川内である。

その後、慶安3年(1650年)に中野村の陶工が平戸藩により三川内に移された。
update:2009年08月30日